電子書籍の図書館

騎ノ風市南部の地域には騎ノ風市立図書館の分館として電子書籍のみを取り扱っている電子図書館が存在していた。和琴は環喜と一緒にそんな電子図書館に初めてやってきた。
「市立図書館はよく行くんだけどこっちは初めて来たのよね。」
「へー。わこっちみたいに3000冊も読んでいる子が電子図書館来たことないなんて以外じゃん。」
「・・・まさか氷沢がアタシに付いてくるとは思わなかったけど。」
「環喜はここよく調べものとか音楽聞きたいときに利用するんだ。家から近いし。」
「そういえばあんたってこの辺のグランドヒルズの高層階に住んでいるんだったわよね。」
「そーそー。それにここは市立図書館みたいなお堅い本ばかりじゃなくて漫画とか若者向けの音楽とかもあるから1日いても飽きないんだー。」
「ネットカフェ並みね。この近くのネットカフェ潰れるんじゃないの?」
「そういう理由もあるからマイナーな作品や音楽はないし、17時で閉館するから泊まれないんだよ。」
「その辺はしっかりしてるってことか・・・まずどこ行く?氷沢の行きたいところからでいいわよ。」
「それじゃ音楽ブース行きたい!」
「音楽は・・・3階ね。行ってみますか。」

音楽ブースにはクラシックからJPOPまで様々なジャンルの曲が電子リストとして展示されていた。聞くには視聴ブースにあるパソコンが必要なようだ。
「へぇ・・・市立図書館にはクラシックとか落語のCDしかないのにここは豊富なのね。」
「これだけ揃ってるから休日は視聴ブースが満員ってことも珍しくないんだ。」
「まあこれだけの数があればね・・・ん、あれ夜光じゃない?」
「あ、確かにりんりんだね。」
和琴たちのすぐ近くにあった視聴ブースの中には凛世がいた。音楽に夢中になっているのか和琴たちには気づいていないようである。
「声かけてみようよ!ブースのドア開いてるし。」
「ダメでしょ、音楽に聞き入ってるみた・・・あーあ行っちゃった。」
環喜は和琴の制止を振り切ってブースに立ち入り音楽に夢中になっている凛世の肩を強めに触った。
「きゃっ!なんですかもう!!!氷沢さんですか・・・それに眞武さんも。ブースの鍵をかけ忘れていた私にも問題はありますが、開いているブースは他にもあるのですからここに来なくてもいいでしょう?」
「いや、音楽に夢中になっているたら声かけたくなっちゃったんだ。」
「はぁ・・・」
凛世はあきれたような表情をして環喜と和琴をブースの中に入れると椅子に座って静かに怒りを見せながら説教を始めた。
「お二人がドッキリとか好きなのは知ってます。ですが、ここは公共施設ですよ?たとえ友人相手であってもそんなことをするなんて非常識なのではないですか?」
「ごめんついつい・・・」
「アタシはそういうの好きじゃないし別に脅かす気なんてないんだけど。氷沢が勝手に一人でやったことだし。」
「でしたら、眞武さんが氷沢さんを止めることもできたのではないでしょうか?」
「はいはいアタシも悪かったわよ・・・」
「りんりんってよくここに来るの?」
「曲作りの参考になればと思ってたまにここに来るんです。家から遠いので頻繁には利用しませんが。」
凛世はそう言いながらパソコンの電源を落として帰る準備を始めた。
「あれ、夜光あんたもう帰るの?」
「ええ。ブースの使用制限時間は2時間で私はもうそろそろ時間ですので。2時間以上の利用はお金がかかるので延長するつもりもないですし。」
「そう、じゃあまた。」
「はい、また学校で。」
凛世はそれだけ言うと家に帰ったのだった。
「りんりんちょっと冷たかったね。」
「あんたが急に声かけたから怒ったんでしょ多分・・・あいつ怒ると笑顔になるタイプだし。それでアタシらはどうするのよ?ブース借りるの?」
「んー・・・気分変わっちゃったしいいや。漫画コーナー行こうよ。」
「気分屋ねあんたは・・・漫画は5階だってさ。」

5階には漫画のサンプルがQRコードと共に棚に展示してあった。漫画は市民に配布しているスマートフォンでQRコードを読み取ると読むことができる仕組みになっている。図書館の座席に座りスマートフォンを操作している住民の姿はなかなかシュールである。
「これよもー!」
「アタシそこまで漫画に興味あるわけじゃないんだけど・・・ま、これも機会だと思って目を通してみるか。」
和琴は漫画よりも小説を読む方なので環喜と比べるとそこまで乗り気ではなさそうである。2人は漫画を選ぶと座席の方に向かう。
「あの辺が空いてるね・・・ってあれ、あそこにいるのって・・・」
「急に立ち止まってんじゃないわよ・・・って、雷久保じゃない。」
「環喜ちゃんに和琴ちゃんやん。今日は2人で読書会?」
2人の向かった席には嘉月が座っていた。嘉月もスマホで漫画を読んでいるようだ。
「雷久保がここにいるなんて意外ね。」
「意外ってなんやの・・・ウチかて漫画くらい読むわ。」
「なに読んでんのー?」
「なんでもええやん。見られたくないほどの作品ってわけでもあらへんけど。」
「だったら教えてくれたっていいじゃん。」
「分かったわ、こういうん・・・」
嘉月は環喜にだけ見えるようにスマホの画面を見せた。内容は女同士の恋愛を題材にした漫画のようである。
「へー、つきっちってばこういうのに興味あるんだね。」
「ウチもいつか素敵な人見つけたいなぁって思て、たまに読んでるんやで。」
「つきっちには環喜がいるじゃん。」
「せやな。それは否定せえへんよ。」
「何あんたたちそういう関係なの?」
「それはわこっちの想像にお任せかな?」
「よし、ウチはそろそろ帰るわ。」
「あれもう帰っちゃうの?」
「ちょっと家でやることあるねん。じゃまたなぁ。」
嘉月はそういって荷物をまとめると帰って行った。
「せっかくあったのにみんな帰っちゃうね。」
「タイミングが悪いだけでしょ。図書館の利用時間なんてみんな違うものなんだし。」
「じゃ、次行こうか!」
「は?まだ漫画読んでないんじゃない?」
「環喜はさっきつきっちとお話ししながら全部読んじゃったし。」
「話しながらマンガ読むって・・・あんたどんだけマルチタスク得意なのよ。」
「並行作業は昔から癖でやってたからね。失敗することも多いんだけど。」
「全くあんたは・・・じゃ、次行きましょうか?」
「わこっちマンガ読まなくていいの?」
「もういいわよ。そんなに興味あるもんじゃないし。」
「そっか。それなら次はどこ行こっか?」
「この2階にある販売ってなんなの?気になるんだけど・・・ここ電子書籍図書館だし本は売ってないでしょ?」
「ああ、そこ?百聞は一見に如かずっていうし、実際に見てみた方が早いから行ってみよっか。」

2人は2階へ向かった。そこでは本こそ販売されていなかったが、いくつか機械型の装置が置かれており、その前に座った人たちが画面を眺めていた。
「・・・ここ図書館よね?」
「うん、ここは電子フリーマーケットなんだよ。」
「電子フリーマーケット?フリマアプリでやったほうが便利じゃない?」
「まあそうなんだけど・・・ここはネットでやり取りするのが不安な人がこの機械を通じて様々な商品を販売しているんだってさ。この機械には出品者が出している商品の情報が登録されていてね・・・」
環喜はそう言いながら機械を操作し様々な商品が展示されている画面を和琴に見せた。
「こうやって見れるんだよ。」
「これだとネットショップでやった方が早くない?」
「いや、だからこれはネットでやり取りするのが嫌な人のためのシステムなんだし。だからネットからアクセスできないしここに来ないと買えないんだ。フリーマーケットだって決められた日に商品を並べて売るんだから変わらないじゃん?」
「それは確かに・・・あら、あれって鷲岳じゃない?」
「ほんとだ!レナちゃんだ!」
和琴が指さした先の機械の前にはエレナがいた。
「あ・・・環喜ちゃん和琴ちゃん。こんにちは。」
「レナちゃんもここで何か出品してるのー?」
「ここで発明品の販売している・・・とはいえほとんど買手はつかないけど・・・」
「あんたの発明品ってよくわからないから買い手がつかないんじゃないの?」
「そんなことはないはず・・・これなんか実用的・・・」
エレナはそう言って発明品の一つを見せた。画面には中型のロボットが映し出されている。
「なによこれ?」
「全自動掃除ロボット。足ついているから家に階段も登れるし、衝撃にも強いから高いところから落ちても壊れないほどの耐久性がある・・・アームの部分に好きな道具をセットして天井以外ならどんな場所でも掃除する。」
「いくらで売ってんの?」
「材料費と開発期間結構かかったから・・・15万円。」
「なかなか高額だし。まあレナちゃんの発明品って性能が良い分高いからねえ。」
「15万なんてそう簡単にほいっと払える金額じゃないでしょうが・・・」
「和琴ちゃんのいう通りかも・・・それならこれはどう?」
エレナは次の商品を見せた。
「これは何?」
「いわゆるソープディスペンサー。ポンプを推すのが嫌な人のために自動で石鹸を出してくれるボトル。」
「ショッピングモールとかのトイレの流しについてるよね!」
「そう、これは中に液体石鹼を入れておいて手をかざすと石鹸を出してくれる。量も10段階まで調節可能。」
「これはいくらぐらいなの?」
「調節機能を10段階にするのが大変だったから3500円で販売中。」
「これは意外と手が届く金額なのね。」
「まぁ、石鹸を自動で出すだけのものだから・・・」
「鷲岳の発明品ってピンからキリまで色々扱ってるのね。」
「私は手軽なものから実用的なものまで何でも作るから・・・いずれはとか潜水艦とか作ってみたいかも。」
「それなら氷沢が大学と提携しているみたいにどっかの重工とかと提携して開発したら?」
「無理、私誰かと一緒に発明の仕事はできない。こだわりを追求すれば開発費用云々って言われるし・・・」
「そういうデメリットってあるよねー。レナちゃんは格安で手に入れたスクラップとかガラクタを使ってこういうものを作れる技術力があるから、提携とかの必要もないんだよねー。わこっちその辺全然わかってないし。」
「アタシそういうことしたことないんだから知るわけないでしょ。」
「2人の貴重な意見を聞いて、値段とかにもう少し改善が必要だって言うのは分かった・・・ちょっと帰って考えてみることにする・・・それじゃまた学校で。」
エレナはそう言って帰って行った。
「環喜たちがレナちゃんの発明の力になったみたいでよかったし。」
「特にアドバイスした感じはしなかったけどね・・・」
「じゃ、環喜たちも帰ろっか。電子図書館もだいぶ楽しんだし、カフェでトールサイズのブラックコーヒー飲みたいし。」
「カフェ寄るの?この図書館の中にもカフェあったりするんじゃ・・・」
「ないよ。」
「即答!?」
「だって、ここは電子図書館なんだから水は厳禁じゃん。カフェはこの近くにあるから早速いこー。」
「・・・まあいいか。それにしてもあんたブラックコーヒーってカフェなのにそれでいいの?」
「環喜甘いもの嫌いだもーん。」
「そうだったわね・・・悪かったわ。」
「じゃ、わこっち環喜の嫌いなもの忘れてたからブラックコーヒーおごりね。」
「は?自分で払いなさいよ。」
そう話しながら環喜と和琴は電子図書館を出たのだった。
図書館としての機能だけでなく、最新の技術をはじめとした様々な仕組みや組み込んだ電子図書館。これからの未来も発展し続けていくことだろう。