水晶学園には部活動が存在しない。部活動というのは普通教科の教師が顧問として管理をしており、運動部などの練習を多くとる運動部の場合は顧問をしている教師は休みがほとんどなくなってしまう。顧問という教員への負担を大きくしてしまうというリスクを避けるという理由で部活動がないのである。
そもそも水晶学園は騎ノ風市にあるどの学校よりも自主性を尊重している学校なので運動部での活動がしたい子は地域が経営しているスポーツクラブに自動的に入会していくようになっているし、文化部の場合は自分一人で興味のある好きなことに没頭し、学校の選択授業を取ることで学び知識を深めるというやり方が推薦されている。
中には自主的に部活動を行っている生徒もいる。愛麗たち1組の13人ももそんな風に部活動を行っているようだが・・・
ある日の放課後、生泉愛麗は友人の夜光凛世と眞武和琴に問いかける。
麗「ねえ、今日って部活やるんだっけ?」
凛「確かやる日ですね。今日は何部をやるのかは行ってみないとわかりませんが。」
和「じゃ、神宿たち待たせちゃうと悪いからあたしの家に行こうか。」
そんな会話をしている3人を見て、鮫川先生は声をかける。
鮫「部活・・・?この学校には部活はないはずだが、皆で何かスポーツでもやっているのか?」
麗「あ、先生。部活って言っても運動部じゃないよ。」
凛「私たちが勝手に自分たちで部活という枠組みを作って活動をしているんです。」
和「良かったら見に来てみる?」
鮫「いいのか?」
麗「ちょ、和琴!簡単にあの場所教えちゃっていいの?」
和「先生なら信頼できるしいいんじゃないの?あの場所の管理人はあたしだからね。特別に許可するわよ。」
鮫「そうか、なら今日は仕事を早く切り上げるから場所だけ教えておいてくれ。」
和「分かったわ。ここの地下だから。」
和琴は簡単な地図を書いて鮫川先生に渡した。
鮫「ありがとう和琴、必ず行くからな。」
そして夕方・・・仕事を終えた鮫川先生は和琴に渡された地図を頼りに向かう。着いた場所は一件のビルだった。しかも隣には和琴の実家である眞武書房がある。
鮫「こんなところにビルがあるなんてあいつら悪いことでもしてんじゃないだろうな・・・場所は1階だな。」
鮫川先生はちょっと心配しながらビルの中へ入る。鍵は開いており中は整備されていてお菓子やアイスの自動販売機が置かれていた。
鮫「な、なんだここは。明らかに人が出入りしている気配があるな・・・自動販売機なんて誰が使うんだろう?」
驚く鮫川先生の前に地下から上ってきた凛世が現れた。
凛「先生。約束通り来てくださったんですね。部活動をやっている場所に案内しますのでついてきてください。」
鮫「凛世、ここはなんなんだよ?」
凛「ここは、眞武さんが私たちに提供してくださっている地下書庫です。さっきの入り口のビルはこの書庫が一般の人にばれないようにと天宮城さんが建ててくれました。入り口である1階以外には普通のテナントが入っているんですよ。その自動販売機は実質私たち専用ですね。部活動の最中にお菓子を食べたい時に購入するんです。」
鮫「そうなのか。それで、どこで部活動をやっているんだよ?」
凛「地下でやってますよ。案内しますのでついてきてください。」
凛世の案内で階段を下り、地下に向かうとそこには・・・広々とした空間が広がっていた。
鮫「あのビルの地下にこんな場所があったとは・・・」
凛「ここが私たちの活動拠点である地下書庫になります。構造は特に複雑ではありませんから、ご自由に見学して行ってくださいね。それでは私、部活動に戻りますので。」
凛世はそういうと書庫の奥の方に行ってしまった。
鮫「さて、どこから見学してみようかな・・・お、あそこからいい香りがするな。行ってみるか。」
鮫川先生は香りのする方向に向かってみた。するとそこには調理スペースがあり愛麗、咲彩、嘉月がいた。
麗「あ、先生いらっしゃい。」
咲「らっちゃん先生呼んでたの・・・」
嘉「またここを知る人が増えてもうた・・・そろそろばれるのも時間の問題な気がしてきたわ。」
麗「先生なら誰にも言わないだろうし、問題ないと思うけどね。」
鮫「なあ愛麗、この空間はなんなんだ?」
麗「あたしたちもよく分かんないんだけど和琴の先祖一族が作った地下書庫らしいのよ。」
嘉「戦争の時代に貴重資料を燃やさないよう保管するために作ったらしいで。ウチら普段はここをたまり場みたいな感じで使ってんねや。」
咲「前はりんちゃんのお蕎麦屋さんの座席を使わせてもらってたんだけど、お客さんに迷惑になると思ってみんなで集まれそうな場所を探していた時にことちゃんがここを見つけたんですって。資料は今でもそのまま残っていて、当時の人たちは存在すら忘れているみたいなの。」
鮫「そうなのか・・・それで愛麗たちは何をやってるんだ?」
麗「一応部活の活動よ。あたしたちは調理部なの。」
咲「らっちゃんからの指導でお菓子作りをしているんです。」
嘉「愛麗ちゃんはお菓子作るのうまいんやで。」
麗「今日のレシピはパフェなのよ。咲彩と嘉月は元々できるほうだから、応用編ってところね。」
鮫「パフェは色々な素材を使うもんな。調理部の部長は一番得意な愛麗なのか?」
咲「いえ、らっちゃんは指導する立ち位置でして、この調理部の部長は私がやってます。私たち13人がそれぞれの部活動の部長になっていてその日に活動する部活動を決めて、活動しない部の部長は好きな部に参加できるような仕組みにしているんです。」
麗「あたしは文芸部の部長をしているのよ。主な活動はそれぞれ書いた小説を見せ合って創作力を高めあうのが目的よ。」
嘉「ウチは写真部部長。ウチが写真の撮影方法を教えたり、撮った写真を見せ合ったりするんやで。」
鮫「そうなんだな。今日他に活動している部はないのか?」
咲「そこでことちゃんたちが活動していますよ。確か部活動名は・・・グランピング部だったかな?」
鮫「分かった、行ってみるよ。それにしてもグランピング部って何をやっているんだろう・・・?」
愛麗たちが活動をしている場所から少し奥に行くとテントが建っていた。
鮫「和琴たちはこのテントの中にいるのかな・・・おい、和琴いるか。」
和「あ、先生来てたのね。お疲れ様。」
鮫「愛麗たちに聞いてきてみたけど、ここでは何の活動をしているんだ?」
和「あたしたちはグランピング部よ。簡単に言うと室内キャンプ部ね。」
鮫「室内でキャンプするのか?」
陽「うん。このホットプレートで食材を焼いて食べたりもするんだよぉ。」
水「なかなかいいぜ。室内だから虫もいなくていいしな。」
鮫「陽姫に水萌。2人はグランピング部に参加してたんだな。」
水「ああ、アタシは普段外国語部の部長やってるからな。英語だけじゃなくて色々な国の言葉をアタシが教えてるんだ。全然人気ないんだけどさ。」
陽「わたしは園芸部~。主にプランターで植物を育てているんだよ。」
和「本当は本格的な焚火とかもしたいんだけど、ここは書庫で本に燃え移る危険性もあるから無理なのよね。」
鮫「確かにそれは危ないな。火の扱いには気を付けるんだぞ。」
和「分かってるわよ。まあせっかく来てくれたんだしこれをあげるわ。」
和琴は鮫川先生にペットボトルの飲料を渡した。
鮫「いいのか?」
和「ええ。そこの冷蔵庫にまだたくさんあるから。」
水「和琴の奴、この活動をするためだけにアウトドア機材とか冷蔵庫とか持ち込んでるんだぜすごいよな。」
和「全部リサイクル品だからそんなにはかかってないけどね。さて、今日のメインディッシュの準備でもしようかしら。」
陽「今日は何を作るのぉ?」
和「そうね。今日はこの格安で手に入れた牛肉を豪快に焼いて食べようかしら。」
水「いいな!ワイルドに丸焼きするか?」
和「さすがにちゃんと切って焼くわよ。西園寺、換気扇開けてもらえる?」
陽「了解だよぉ。」
陽姫が近くに置いてあったリモコンを操作すると、換気扇と思われる天井の部分が開いて換気を始めた。
鮫「ここには換気扇まであるのか・・・」
和「焼き物するんだから換気扇無いと空気悪くなるし、ほかの部のやつらにも迷惑でしょ。さ、さっさと肉を焼かないと・・・先生も食べる?」
鮫「せっかくだがすまんほかの部活動も見学しなければならないからこれ以上の滞在は難しいんだ。和琴、今日は他に活動している部活はないのか?」
和「他の部活?そうねえ・・・天宮城が部長をやっている文化芸術部は活動していると思うけど。もう少し奥でやってるはずよ。」
鮫「そうかありがとう、ゆっくり見学できなくてすまないな。」
和「別に気にしなくてもいいわよ。天宮城達によろしく。」
水「次来たときは肉を食べて行ってくれよな。」
鮫川先生はグランピング部の活動地点からさらに奥に進む。すると、長机で奈摘を中心にした集まりがあった。
鮫「奈摘・・・ちょっといいか?」
奈「あら先生・・・ここの事知っていたんですのね。」
鮫「お前たちが独自に部活動をしているって和琴から教えてもらってな。文化芸術部はどんな活動をしているんだ?」
奈「わたくしの文化芸術部はオタク的なことに限らず、様々な文化を研究する部活動なのですわ。ですが、基本的にはここにいる皆さんで合作漫画やドラマCDを制作したりしていますの。」
柚「ボクは基本的にここで作画を手伝っているんだ。ボクのやってる美術部が人気ないのもあるんだけどね・・・」
鮫「人気がないのも大変なんだな・・・お、凛世もここにいるのか。」
凛「あら先生、部活見学楽しんでいますか?」
鮫「凛世はこの部活動で何をやっているんだ?」
凛「私はドラマCDの音楽を作成して提供していますね。部長としては音楽部ですけど、ここだとピアノを始めとする楽器がないので演奏ができなくて・・・ほとんど音楽鑑賞になってますね。」
鮫「今はどんな作品を作っているんだ?」
奈「そうですわね・・・あまり書いたことのないジャンルのファンタジー漫画を制作していますの。」
凛「途中までできたんですけど見ますか?」
鮫「私が見てもいいのか?」
奈「ええ、もちろんですわ。それにこの作品は商業誌に乗せたりするつもりはありませんし。」
凛「作品はこちらですよ。」
凛世は目の前にあるパソコンを操作して、描いている途中の漫画を表示する。そこに表示された漫画は見事な冒険ファンタジーが描かれていた。
鮫「すごく印象に残る作画だな・・・」
奈「この作品は柚歌さんに作画をしてもらってますの。漫画の効果音とかは凛世さんに決めていただいてますのよ。ストーリーはすべてわたくしの原案ですわ。」
鮫「普通の絵画だけじゃなくて漫画の絵もこんなに綺愛麗に描けるなんて柚歌は絵が本当にうまいんだな。」
柚「いや、プロの奈摘ちゃんと比べるとまだまだですよ・・・」
奈「柚歌さんはこう言ってますが、わたくしも漫画の作画はできてもストーリー原案は想像力の高い愛麗さんに協力を求めることが多いので・・・みんな初心者みたいなものなのですわ。この文化芸術部は自分が得意分野だけどやったことのないジャンルというのも積極的に行っておりますのよ。」
鮫「新しい分野の勉強にもなるいい部活じゃないか奈摘。」
奈「そう言っていただけるとわたくしも嬉しいですわ。」
鮫「他にもまだ部活があるのか?」
奈「ええ、調理部とグランピング部・・・」
鮫「その2つにはもう行ってきたんだ。」
奈「いえ、あともう一つ。インターネット部がありますのよ。」
鮫「インターネット部・・・嫌な予感しかしないな。」
奈「インターネット部の活動場所はそこの奥のパソコン室ですわ。部長は環輝さんがやっていますから。」
鮫「分かった。一応行ってみるか・・・」
鮫川先生はインターネット部が活動しているというに入る。そこには異様な光景が広がっていた・・・
環「んじゃ今日はインターネットで自由に活動するよ。だけど終了前に成果を報告してもらうからよろ。」
エ「了解・・・」
姫「うむ、分かったのだ。」
ア「了解デス!」
鮫「環輝、お前たちは何をやってるんだ・・・インターネットで遊んでいるのか?」
環「ちょ、なんで先生がここにいるんだし!?」
エ「そう言えば今日先生が来るって愛麗ちゃんが言っていたような・・・」
環「レナちゃん知ってたんなら早く行ってよ。・・・いいや、簡単に説明するね。アンたちインターネット部はパソコンを使って自由なことをする活動をしているんだし。動画投稿でも自分の興味あることを調べてそれを発表しても、なんでもOKだよ。ここにあるのはアンの家で使っていない自作パソコンなんだ。」
鮫「自由に活動するのなら遊びと変わらないんじゃないのか?」
環「他の部だって自由気ままに遊んでいるようなもんじゃん。」
姫「うむ、最近は遊ぶを研究する部活だってあるっていうし、我らがやっていることも未来へつながることなのだ!」
エ「誤解されるお気持ちはわかりますが・・・私たちだってただネットサーフィンしているだけじゃない・・・」
ア「今のセンセイ、頭少し固いと思うデス。」
鮫「あ、いつもの癖が・・・すまない。インターネットを使うだけならもう少し有用な活動ができるのではないかと思ってしまってな・・・」
環「部活動とはいえ、アンたちが好き勝手に活動しているだけだからなぁ・・・有効な活動って何?」
鮫「資格試験の勉強をするとか・・・」
環「アンパソコン関係の資格全部持ってるからつまんないし。ってか、資格って自分の興味を持ったものを取る方がいいと思うんだけど。それにさっきレナちゃんが言ったけど、アンたち自分たちの活動を発表しあってるから。ただ遊んでいるだけじゃないの!!!」
鮫「そうか・・・環輝、お前の方針もちゃんと聞かずに悪いことを言った。」
環「・・・いいよ。またいつもみたいにアンたちのこと心配しすぎたんでしょ。活動見ていく?」
鮫「ああ、お願いする・・・」
環「アンは今日、自分の研究レポートを書く作業をしているんだよ。」
鮫「環輝は大学と提携して研究をやっているんだったな。パソコンの知識を生かして情報工学を研究しているのか?」
環「違うし。アンの研究分野は遺伝子工学なの。生物の遺伝子やその遺伝について研究しているんだよ。」
鮫「生物の遺伝子を研究するなんて女子高生なのに大きなことやってるんだな。」
環「小学生のころからやってるからもう慣れてるよ。」
鮫「わかった、それじゃまず・・・ラニーはなにをしているんだ?」
ア「ワタシは日本の文化を調べたり、部長をしている映画研究部の活動準備をしているのデス。」
鮫「ほう、ラニーは映画に興味があるのか。」
ア「ワタシの映画研究部は映画だけじゃなくてドラマも取り扱っているデス。ただ撮影するだけではなくて、演技のことについて理解を深める活動もしていマス。」
鮫「なかなか幅広いことをやってるんだな・・・苺瑠は何をしているんだ?」
姫「我か?我は今動画の上手な撮影方法について調べていたのだ。我は動画配信をやっていて、そういう知識が必要なのだ。部長としては服飾部を管理している。」
鮫「服に興味あるのか?」
姫「興味というより、そっちの方に詳しい嘉月君たちから色々教えてもらうのだよ。我は背が低いから着れる服もあまり多くはないのだ。」
鮫「服飾部は苺瑠が教えるのではなくて学ぶ部活動なんだな。」
姫「むろん教えてもらう代わりに、嘉月君たちにとって有益な情報を我が教えることもあるよ。」
鮫「なかなか面白い活動をしてるんだな・・・エレナは何を調べているんだ?」
エ「いつも通り新しい発明のヒントを調べています・・・発明に大切なのは閃くことである。と大昔の方もおっしゃってますから・・・」
鮫「だな。だが・・・エレナのパソコンに表示されている難しそうな図は何を表しているんだ?」
エ「かなり細かい電気機器の配線図です。」
鮫「物理は専門外だから全くわからないんだすまない・・・あ、そろそろ帰らないと。」
環「もう帰るの?この奥まで来るの大変だったでしょ、アンが入り口まで送って行ってあげるし。」
鮫「ああ、よろしく頼むよ。」
鮫川先生は環輝の案内でビルの入り口近くまで送ってもらった。途中で活動がひと段落していた愛麗と和琴も加わって3人で見送ることになった。
鮫「今日はいろいろとありがとう。おかげで新しい価値観に触れられたような気がするよ。」
麗「なかなかいい場所にあるでしょここ。部活してないときは自由に過ごしたりもできるしね。」
環「部活って堅苦しいイメージが強いから、アンたちで話し合ってあんな感じにしたんだよ。」
和「それと先生、ここのことは誰にも言っちゃだめよ?あたしたちの居場所が奪われちゃうからさ。」
鮫「ああ、約束する。誰にも言わないようにするよ。」
麗「それとここの存在を知った人は自由に出入りしていいことになってるからよかったらまた来てもいいよ。毎日部活動しているわけじゃないけどね。」
環「じゃ、気をつけて帰ってね~!」
鮫「また学校でな。」
愛麗たちに見送られてビルを出た鮫川先生は部活動の思い出しながらこんなことを考えていた。
鮫「(それにしても自由な雰囲気の部活動だったな。今までの部活動が普通の部活動なら、愛麗たちがやっているのは柔軟系部活動ってところだな。それにしても、私もまだまだ知らないことや分からない価値観がたくさんあるんだな・・・)」