古都の美人はデザイナー

嘉月は写真を撮る以外にも洋服を作ることもできる。今日は生地となる布を買いに駅ビルの手芸店に来ていた。
嘉「この生地ええな。新しく作る服のイメージ通りや。買ってこ・・・」
嘉月が布に手を伸ばそうとした時、反対側から伸ばしていた別の人の手と当たってしまう。
?「あ、すんまへん・・・」
嘉「ウチこそすんません・・・」
嘉月と手がぶつかった女性は嘉月にそっくりな風貌をした優しそうな女性であった。
?「あら、あんさんウチにそっくりやなぁ。つまりはドッペルゲンガーに出会ってしもたんか・・・あかん、ウチ死んでまうわぁ・・・」
嘉「え、ドッペルゲンガーは平面的で生気のないような存在って言われとるし、ウチ立体としてちゃんとここにおるよ・・・?」
?「そうなんか、ならよかったわぁ。それよりその喋り・・・あんさんも関西の方の生まれなん?」
嘉「いえ、ウチは違います・・・昔大阪に住んでたことがあって、その時に口調が向こうの方言になってもうて。」
?「ならウチと一緒やん!ウチも関東の生まれやけど、京都の大学に研究のために滞在してたことがあってなぁ。そん時向こうの方言が気に入ってに感化されてもうたんよ。」
嘉「そうなんですね・・・」
?「まだ名乗ってへんかったなぁ。ウチは千葉崎萌黄。和服デザイナーをしとるんよ。」
嘉「仕事しとるってことは大人なんね・・・ウチは雷久保嘉月いいます。まだ高校生です・・・」
萌「高校生なんね。いやー若いってええわぁ羨ましいわぁ・・・それと堅苦しい言葉遣いはやめてーな。ウチそういうの嫌やねん。」
嘉「分かったわ普通に話すで。それより苗字千葉崎なんやね・・・萌黄さん、お姉さんとか妹おらへんの?」
萌「ぎょうさんおるで。ウチは5番目で上に4人、下に8人や。しかも姉妹皆女の子なんやで。不思議なもんやわ。」
嘉「それなら、禰恩さんって方は知っとる?」
萌「あれま、禰恩ちゃんと知り合いなんね。禰恩ちゃんはウチの妹のうちの1人や。ウチの家族と知り合いなんて不思議な巡り合わせやわ・・・せや、これから時間ある?」
嘉「用事?特にあらへんけど・・・」
萌「良かったらこの生地、あんさんに買ったるわ。」
嘉「え、悪いやんそんな・・・」
萌「ええって。今日の出会いの記念や。それにあんさんもここにいるってことは服作ったりするんやろ?」
嘉「まあそうやけど・・・メインは写真撮影をやってるんよ。風景とか建物限定やけど。」
萌「へー写真もやっとるんね。あ、雷久保って苗字ってことはもしかしてあの・・・」
嘉「さっきから小声でどないしたん?」
萌「何でもないんよ。せや、ここで会ったのも何かの縁やし、ウチの事務所に遊びに来てな。いろいろ話したいし、ちょっと頼み事もあるし。」
嘉「この後は時間空いてるし別にええよ。」
萌「それなら丁度ええわ!早速レッツゴーやで!」
嘉月は萌黄に連れられて、とあるビルに案内された。

萌「ここがウチの自宅兼事務所兼アトリエみたいなもんや。」
騎ノ風市の一角にあるビルの3F。そこに萌黄の自宅兼仕事場があった。機織り機やミシンが常備されており、これまで作ったと思われる服もいくつか展示されている。
嘉「素敵な場所やなぁ。それにしてもずいぶん和服が多いみたいやけど・・・」
萌「ウチは和服のデザイナーやから、洋服よりも浴衣とか着物のデザインの依頼を受けることが多いんよ。」
嘉「ここは萌黄さん1人で管理しとるん?」
萌「せや。ウチ1人だけでやっとるんよ。ウチからしてみれば他の人間がいると作業の邪魔やからな。」
嘉「せやけど、寂しいとかおもわへんの?」
萌「そういう気持ちは全然ないで。禰恩ちゃんからいろいろ聞いたことあると思うけど、ウチは家族でいろいろあったから1人でもええねん。とはいえ、仕事ばかりしていると部屋が汚れるからハウスキーパーさんに定期的に掃除してもろてるけどな。」
嘉「そうなんね・・・服のデザインってどういう風に考えたり考察したりしとるん?」
萌「んー・・・依頼される条件によって美術館に赴いたりして絵画、風景を参考に考えることが多いわ。あとはさっきみたいに手芸店やホームセンターで色々なデザインの布地や反物を見たりしてるわ。」
嘉「せやけど、手芸店の布地って洋服向けのものが多いと思うんやけど、参考になるもんなん?」
萌「洋服向けでもヒントになることは十分あるで。なんでも試してみるのがウチのやりかたなんや。」
嘉「積極的なんやね萌黄さんは・・・」
萌「ウチも色々あったからなぁ。自由になったら積極的にいろいろ興味のあることしたかったんや。その癖が今の年になっても抜けへんのや。せや、嘉月はんに頼みたいことあるんやけどええかな?」
嘉「なんやのん?」
萌「ここに飾ってある衣装、次の展覧会に出す奴なんやけどパンフレットに乗せるための写真撮ってもらえへんかな?カメラ持っとるし、嘉月はんの家ってこの町にある雷久保写真館やろ?」
嘉「別にかまいまへんけど・・・なんでウチの家のこと知っとるん?」
萌「あそこの店主さんに時折撮影頼んだことがあったんや。それで雷久保って苗字聞いた時、お父さんかな~?って思ってな。」
嘉「伯父さんとかかわりあったんやね。」
萌「お父さんやなくて伯父さんやったんか・・・」
嘉「ウチの家も色々あって・・・それよりウチの写真でええんですか?伯父さんと関わりあるのなら伯父さんに頼んだ方が・・・」
萌「ウチは今回は嘉月ちゃんに撮って欲しいんやけどな。嫌なら無理はしなくてええけどな。」
嘉「それなら・・・ぜひ撮らせてください。ウチも洋服の写真を撮るのは初めてやけど、今後の参考にしたい思っとるから。」
萌「そう言ってもらえて助かるわ。ほな、セットするからこのカメラで撮っちゃって!」
萌黄はそう言うと嘉月にそこそこ大きなデジタルカメラを渡した。
嘉「これで撮るん?」
萌「あら、気に入らんかった?」
嘉「ウチのこのカメラで撮ってもええ?普段から自分の使っているカメラの方がうまくできると思うんやけど。」
萌「全然ええよ。素敵な写真を撮ってくれるのなら、何でも使っちゃって。ほな、お願いするわ。」
萌黄が撮影してほしい衣装3種類を嘉月の前に並べながらそう言った。
嘉「分かったわ・・・行くで!」
嘉月は真剣な表情でカメラを構えると、萌黄の作った3種類の衣装を何回も撮影する。時折角度や方向を変えながら・・・
3種類の衣装を計50枚の写真に収めた嘉月はデジカメの画面を萌黄に見せながらそう聞いた。
嘉「50枚ぐらい撮ったけどどれかええのあるかな?」
萌「うーんと・・・これええな!あ、それとこれもええ感じやで。それと・・・」
萌黄は嘉月の写真を見てとても楽しそうに自分が気に入った物を選んでいき、最終的に10枚の写真が選ばれた。
萌「ほなこの10枚のデータをここに入れさせてもらうで。」
萌黄は嘉月のカメラを事務所にあるパソコンにつなぐと、写真のデータを取り出してパソコンにコピーした。
萌「よし、これで雑誌掲載用の写真は問題ないわ。急なお願い聞いてくれてあんがとさん。」
嘉「萌黄さんのお役に立てたんならよかったわ。」
萌「それと今日はもう時間遅いから嘉月はんのこと送ってくわ。」
嘉「ええですよそこまでしなくたって・・・」
萌「暗い夜道に若い子を一人で返すわけにはいかへんよ。お姉さんにお任せや!」
嘉「それなら、お願いします・・・」
萌黄の強い希望で嘉月は家まで送ってもらうことになった。

萌黄は嘉月の自宅でもある雷久保写真館の近くまで嘉月を送り届けた。写真館の近くに来ると嘉月が声を上げる。
嘉「萌黄さん、この辺で大丈夫やから・・・」
萌「そうなん?なら、ウチはこの辺でおいとまするけどちゃんと帰れるん?」
嘉「問題あらへんよ。家はこの建物の裏やから・・・」
萌「そうなん。どうりでこの辺が見慣れた場所やとおもたわ。ほなウチはこれで・・・また、いろいろ写真撮ってな嘉月はん。」
萌黄はそう言うと、事務所の方に帰って行った。
嘉「萌黄さん、好奇心旺盛なええ人やったな。次機会があったら皆にも紹介できたらええな・・・」
嘉月はそんなことを呟きながら家に入っていった。

後日。嘉月は再び手芸店に来ていた。今度は愛麗たちも一緒に。
麗「手芸はあまりしないからこう言う店くると新鮮ね。」
嘉「愛麗ちゃんもやってみる?やるんやったらウチが教えたるよ。」
麗「あたしこういうのは苦手だからいいよ。」
凛「愛麗は家事得意なのに意外ですね。」
麗「言ってなかったけど昔裁縫してたら指に怪我したことあってさ。それ以降裁縫だけは楓とか祖母さんがやってるの。」
和「なんとなくわかる気がするわ。あたしも指に針重いっきり刺したことあるから。」
嘉「そんな難しく考えんでもええと思うけど・・・あ、萌黄さん!」
嘉月が声を上げた先には萌黄がいた。
萌「あれまあまた会いましたわな嘉月はん。ごきげんうるわしゅう。今日はお友達と一緒なんやね。」
嘉月の声に気づいた萌黄は顔を向けて挨拶した。
麗「嘉月、この人誰よ?知り合い?」
嘉「あ、皆は会ったことなかったんやな。この人は千葉崎萌黄さん。禰恩さんたちの姉妹のうちの1人なんやで。」
萌「千葉崎家の5女千葉崎萌黄や。和服デザイナーをしとるんよ。」
凛「禰恩さんのお姉さんでしたか・・・初めまして夜光凛世です・・・」
麗「あたしは生泉愛麗です。それでこっちが和琴です。」
和「あたしだけ簡潔にすんな。眞武和琴よ。」
萌「よろしゅうな。それにしてもよう見るとあんさんたちべっぴんな顔しとるなぁ・・・せや、ウチが似合いそうな洋服奢ったるよ。」
麗「え・・会ったばかりなのに悪いですよそんな。」
萌「ええって。ウチデザイナーとして相当な収入あるんや。服一式買うことぐらいなんてことないんやで?」
嘉「萌黄さん気前ええからなぁ・・・」
萌「ウチは大切な人にはいくらでも奢るって決めとるんや!嘉月はんの友達ならウチにとって大切な人であることには変わらへんよ。京の女はどこの女よりも優しいんやで!」
嘉「萌黄さん関東生まれやろ・・・」
萌「京の女は細かいことは気にせえへんの!さ、行くで~!」
萌黄はそう言うと服屋に向かって走って行った。
凛「愛麗・・・どうしましょうか?」
麗「せっかくだし奢ってもらおうか。萌黄さんもその気みたいだし・・・」
嘉「せやね・・・行こか。」
和「そうね。向こうがその気ならありがたく奢ってもらうまでよね!」
萌「おーい!はよこなへんと置いて行くで~!」
愛麗たちは元気に叫ぶ萌黄を追いかけるのだった。
ちなみに服選びは萌黄がやたらとスカートを勧めるのでズボン派の愛麗たち3人にとっては決めるのにかなりの時間を要したとのこと。