流浪のバイクレーサー

騎ノ風市の夜は殆どの住民が寝静まっており繁華街を除けば比較的静かである。そんな中、国道を滑走する一台の大型バイクに乗った女性がいた。
?「・・・騎ノ風に戻ってくるのも久しぶりね。みんな元気にしてっかな?」
女性は国道を大型バイクで滑走しながらそんな言葉をつぶやいていた。

騎ノ風市の一角。そこに建っているマンションで同居生活している真凛と禰恩がいた。
禰「zzz・・・」
真「ほら禰恩。さっさと起きてご飯食べちゃってください。」
禰「今日休みなんだからいいじゃん・・・」
真「音楽や作曲に対しては天才的なのになんでスイッチ入らないとこうなんですかね。」
その時、玄関のインターホンが鳴った。真凛は玄関モニターでやってきた相手を確認する。
真「お客さんですかね。それにしてもこんなに朝早く誰なんでしょう?・・・はい、どちらさまですか。」
真凛がインターホンのモニターにそう問いかけると立っていたライダースーツを着た女性が答える。昨晩国道を大型バイクで走っていたあの女性だった。
?「久しぶり真凛姉さん!温花だよっ!」
真「温花ですか・・・って貴方、本当に温花なんですか?」
温「もちろんだよ。ちょっと話がしたいから上げてくれない?」
真「いいですけど・・・貴方がここに表れたということはあの件ですか?」
温「そうだよ。だけど、その前に真凛姐さん達と久しぶりに話がしたいなー。」
真「いいですよ。少し散らかっていますが上がってください。」
真凛は久しぶりに自分たちを訪ねてきた妹を特に疑うこともなく家に上げた。
温「真凛姐さんに禰恩姉さん。2人とも変わってないね!音楽の方は今でも続けてるわけ?」
真「ええ。2人で楽しくミュージシャンやってますよ。とはいえ私の本業は作家ですけどね。」
禰「ってかさ・・・あんたなんであたしたちの住んでいる所知ってたわけ?」
温「やること全部終わったから姉さんたちがやっているSNSのグループに参加させてもらって、過去のトークみて調べたんだ。」
真「いつの間に参加してたんですか。管理人私なのに気づきませんでしたよ。」
温「ずっとROMでトークには参加してなかったからね。やること全部終わった今はバイクレーサーやってるんだー。色々なレースで優勝してきたんだよ。」
禰「あんた昔っから乗り物の運転が好きだったものね。」
真「それにしても貴方・・・そのスーツ胸がつかえてますよ。せめて前のファスナーぐらいは閉めて下さいよはしたない。そんな恰好でバイク乗ったら転んだ時怪我しますよ。」
温「しゃあないじゃん・・・買った時はぴったりだったんだから。それにバイク運転するときは全身にプロテクターつけてるから。」
禰「え、買ったときちょうどよかったってことは胸部分が成長したってことよね・・・?」
温「たぶんそうなのかもしれないね。」
禰「26歳って体の成長さすがに止まるんじゃないの?あんたの身体って不思議ね。」
温「さて、世間話はこれぐらいにして・・・姉さんたち、温花がここに来たってことの意味、分かるよね?」
真「ついに終わったんですね。春南の会社でのスパイ活動が。」
禰「スパイ?どういうことなのよ?」
温「禰恩姉さんには話して無かったね。2年前に真凛姉さんに頼まれて春南姉さんの会社に忍び込んでずっと調査してたんだよ。しばらく音信不通にしていたのもそのせいだよ。活動は1年ぐらいで終わったから、目くらましのためにその間色々な場所を旅してたの。」
真「この事を知っているのは私と温花だけですからね。」
禰「そうだったんだ・・・それにしても春南姉さんの会社ってブラッドラグーンだっけ。良い評判は聞いたことないけど・・・」
真「ええ。だからこそ温花に頼んで調査をしたんです。この子は車両科でスパイについての知識も学んでいるので適任です。」
禰「だけどさ・・・ここじゃ詳しい話をするのはまずくない?向こうが気づいていてこの部屋を盗聴しているかもしれないし・・・」
温「確かにそれは考えられるかも。あの人は昔から抜け目がないから・・・なんかいい場所はないの?」
真「そうですね・・・あ、あそこならどうでしょう?」
禰「あそこなら悪くないんじゃないかな。今からちょっと電話して聞いてみるよ・・・あ、凛世ちゃん。禰恩だけど今いいかな・・・?」
禰恩は電話取り出すとどこかへかけ、話始めた。
温「あそこってどこなの?」
真「私たちの友達が使っている秘密の場所なんです。そこであれば内密な話もできると思いますのでついてきてください。」
禰「・・・電話終わった。向こうに凛世ちゃんがいるっていうから開けておいてくれるってさ。」
真「分かりましたでは早速行きましょう。」
温花は真凛と禰恩につられられて2人のいうあの場所へ向かった。

数分後。3人は秘密の場所・・・地下書庫が入っているビルの前にいた。
温「このビルの中に安全な場所なんて本当にあるわけ?」
真「ええ、早速中に入りましょうお邪魔しまーす・・・」
凜「あ、真凛さんたちいらっしゃったんですね。話は聞いておりますので中へどうぞ。」
禰「今日は凛世ちゃん以外には誰かいるの?」
凛「下に織田倉さんと鷲宮さんと花蜜さん、あと西園寺さんもいますね。全員に真凛さんたちがくるのは伝えてありますからご心配なさらず。重要な話をされるとのことらしいので、ビルの入り口締めて私も下に行きますね。それと・・・」
禰「どうしたの?」
凜「お二人の後ろにいる方は?お姉さんか妹さんですか?」
真「はい。9女の温花です。重要な話のための情報を今まで集めていたんです。」
温「凛世ちゃんだっけ?艶々の黒髪がお人形さんみたいでかわいいね。」
凜「ありがとうございます。ではこちらへどうぞ。」
3人は凛世の案内で地下書庫へ降り立った。
温「うわー!可愛い女子高生がいっぱいだね!」
水「また見慣れない人が・・・ってもうなんか慣れちまったなこういうの。」
エ「最近は新しい人の出入りが多いような気がする・・・」
「真凛さんに禰恩さん、その人にそっくりな姉妹の人?」
温「確かに君と私って少し似ているかもね。はじめまして。千葉崎家9女の千葉崎温花です。」
陽「ええと、何をやっている人なんですかぁ?」
温「私はね、バイクレーサーやってんだよ。」
エ「納得。来ているのがレースの時着るツナギだもの・・・」
「だけど、チャックがひっかかって胸のあたりが見えてるし・・・そんな軽装備じゃ怪我するんじゃん?」
温「問題ないよ。普段はスーツの上からプロテクターたくさんつけてるから!」
「たくさんプロテクター付けるよりも自分に合ったサイズ買った方がいいと思うし・・・」
水「バイクってやっぱり大型の奴か?」
温「そうだね。普段から400㏄ぐらいの奴に乗ってるんだ。」
エ「運転だけじゃなくて押して運ぶのも大変そう・・・」
温「私もまだ大学生だった免許取り立てのうちは小型のバイクから始めたけど、数年で今の400㏄バイクを問題なく乗りこなせるようにはなったよ。」
陽「温花さんはそこまでバイク好きってことは大学時代はバイク科にいたんですかぁ?」
温「いや、他の乗り物も好きだったから車両科ってところにいたんだよ。そこで色々な乗り物の免許取ってた。バイクや車類はもちろんだけどクレーンとか船、ジェット機のもあるよ。」
「ってことはなろうと思えばバスやタクシーの運転手になるとかもできるわけ?」
温「もちろん。そっちは興味がないからやる気が起こらないけどね。」
凛「バイクのレースって具体的にはどのような場所で行われるのですか?」
温「国内にある専用のコースだよ。そこでたくさんのバイクレーサーたちがお互いに腕を競い合うの。私レベルになると雑誌の取材を受けたこともあるんだよ。」
水「雑誌のインタビューまで受けた経験があるってことは相当有名な選手なんだな。」
真「すいません、今日は大事な話があるのでこれぐらいで大丈夫ですか?」
凛「あ、つい時間を取らせてしまいましたね・・・会議室はそこの奥の個室です。」
3人は会議室に入ると会話が外に漏れないようにドアを隙間なく閉めた。
真「それでは温花。調査内容を聞かせてもらえますか?」
温「うん。まずはこれね。」
温花はタブレットに保存していたデータを見せる。
温「春南姉さんの会社ブラッドラグーンは善良な企業なんかじゃない。社員の事を駒のように扱う悪徳企業だよ。」
禰「どの辺が悪徳なわけ?」
温「会社運営の資金を補充するために、他人の口座から無差別に金を抜き出してその行為自体は隠ぺいして公にならないようにしてたの。」
真「他人の口座から金を抜き出す・・・ということはあれも春南の仕業なのですかね?」
禰「なんか心当たりあるの?」
真「環輝さんから紫穂がブラッドサウスという会社から売上金を勝手に奪われたという話を聞いたので・・・お金は環輝さんがハッキングで取り返したみたいですが。」
禰「だけどあの人がやってもおかしくないことじゃない?光姉さんに生徒会長の職務を押し付けて精神を病ませて退学に追い込んだりしたぐらいだし。」
温「一応あの人は会社を立ち上げた時に生徒会長辞めたしね。教師から推薦されてやってただけみたいだし、心からやりたかったわけじゃなかったんじゃない?」
真「ですが、そのせいで光は高校を卒業できず心を病んでしまったのですから・・・」
温「そうだね・・・それとブラッドラグーンは近いうちに支社を騎ノ風市に立ち上げる予定みたい。目的は幹部層の話を聞いたところによると、騎ノ風と密接な関係を築いて市を動かす力を手に入れるためらしいよ。春南はブラッドラグーンの支社を関東の都市にいくつか出していて、そこの市の中心になっている人たちとは表ではいい関係を築いているっぽいよ。おまけに将来は騎ノ風を本社にして拠点として活動する計画も立てているみたい。」
禰「もしそんなのが騎ノ風の市長と仲良くなったりしたら・・・」
真「そうですね。侵略でもされてしまえば大きく市の体勢が変わってしまうことでしょう。春南は昔から成果主義で結果の出せなかった翠漣や紅羽のことを見下していましたし、光が負担で精神を壊してしまったときも血筋のせいねとか言ってましたし、今のような平和な町ではなくなってしまうでしょうね。」
温「そういう堅苦しいのやだなぁ・・・昔から思ってたんだけどあの人ずいぶんと血筋にこだわっていたけどどういうことなの?」
真「春南の母親は貴族の家系なんです。しかし、春南は父との不倫で生まれた子供・・・なのでいないことにされたらしいです。それで、私たちと同様父の元に行かされたという話を前に聞きました。春南はそれをずっと根に持っていて血筋は受け継いでいるから貴族の肩書を出すことで自我を保っていたのでしょう。」
禰「バカ親父のまいた種がこんなに大きくなるなんてね・・・だけどさ、どうするの?ブラッドラグーンの騎ノ風進出を止める方法なんてないんじゃ・・・」
温「この施設の所有者であるあの子たちには協力してもらえないのかな?」
真「あの子たちって・・・まさか凛世さんたちの事ですか!?ダメです!あの子たちを私たちの事情に巻き込むわけにはいかないです!!!」
温「こういう謎な施設を作るほどの技術があるんなら、ブラッドラグーンを潰す手伝いぐらいやってくれるんじゃないの?」
禰「この施設はこの土地の所有者である和琴の先祖が作ったものであの子達が見つけただけなの。地上のビル以外は大昔に作られた物なのよ。」
温「そうだったんだ。悪いこと聞いちゃってごめん。」
禰「だけど、この事を少し話してみるのもありじゃないかな?」
真「なんでですか禰恩!凛世さんたちを巻き込むのはだめだってさっきから・・・」
禰「直接協力してもらうわけじゃないよ。発明品を借りたりとか柔軟性の高い思考を持っているあの子たちなら何かしら案を考えてくれるんじゃないかな?」
真「それぐらいでしたら・・・ですが、巻き込むのはダメですよ。分かりましたね?」
温「それと、他の姉妹たちにも話しておいた方がいいよね。皆それぞれ忙しいかもだけど、春南姉さんによる騎ノ風の侵略は止めないと・・・」
真「紫穂の売上金を勝手に盗み出した件もありますからね。まずはここを出ようか。」
3人は会議室を出た。
凛「あ、皆さん。随分と長い間会議室に入っていたようですが、話し合いは終わったのですか。」
陽「3人ともずいぶんと深刻な顔してるねぇ・・・」
真「やはり顔に出てしまってましたか・・・」
禰「ねえ、みんなに少しお願いがあるの・・・聞いてくれる?」
水「もちろん聞くぜ。あんた達にはいろいろ世話になってるからな。」
温「ありがとう、実はこういう事がこの町に迫ってて・・・」
温花は会議室で話していたことを水萌らに話して聞かせた。
エ「・・・ブラッドラグーンなら聞き覚えが。数年前におじい様の技術力を買うから協力してくれって依頼してきた企業。その時は断ったみたいだけど・・・」
環「環輝も少し前に母さんからここ数年で立ち上げられた企業の中では一番力があるって聞いたよ。」
水「そのブラッドラグーンはこの町の中心である市長らと癒着関係になって騎ノ風を侵略しようとしているのか・・・許せねえなそいつら。」
凛「とはいえ企業の進出を止める方法なんてあるのですかね?」
温「進出を止めることはもう無理だね。すでに騎ノ風の郊外の土地にブラッドラグーンの会社の建設始まっちゃってるから。」
真「ですが、騎ノ風を守ることはまだできます。貴方たちの力を貸してほしいのです。もうこれ以上身内のせいで被害を被る人が増えるのは嫌なんです・・・」
凛「分かりました。今ここにいない愛麗たちも含めて全面的に協力はさせていただきます。いいですよね皆さん?」
水「当然じゃねえか。騎ノ風をいい方向に変えようとするのはいいけど、変な方向に変えようとしている奴らはアタシも嫌だからな!」
環「この町が住みづらくなったらやってらんないしね。」
温「だけど、真凛姉さんが言った通りこれはわたしら家族の問題だから私たちで解決しなければいけないと思う、だからサポートをお願いできるかな?」
エ「サポート・・・具体的に何をすればいいの?」
真「エレナさんは発明が得意でしたよね?役に立ちそうなものを貸していただければ幸いなのですが・・・」
エ「役に立つと言われても話し合いで解決するのか、抵抗するのかにもよるんだけど・・・」
環「ねえ、レナちゃん前に2人で開発した奴なら役に立つんじゃない?」
エ「・・・そうだね。真凛さん、ちょっと待っててください。」
エレナはコンピューター室の中に入り、小型の機械を持って戻ってきた。
エ「これは、前に私と環輝ちゃんで開発したメカです。使い方はこのマニュアル読んでください。」
エレナは禰恩に機械とマニュアルの入った小型端末を渡した。
禰「色々ありがとうエレナちゃんに環輝ちゃん。」
凛「今ここにいない愛麗たちにもこのことは伝えさせていただきます。」
真「何から何までありがとうございます。」
水「いや、あんた達と知り合いになれたからアタシも光さんからいろいろ話を聞くことができたからよかったよ。」
陽「話し合いとかが全部終わったらまたここに来ていいからねぇ?」
温「もちろん来させてもらうよ。今度はみんなの好きな事ややっていることの話をゆっくり聞きたいな。」
真「では、色々とありがとうございました。これからの事を家族で話し合わなければなりませんので今日はこれで失礼します。」
禰「凛世ちゃん。また音楽の話いろいろとしようね!」
凛「禰恩さん、皆さん・・・必ず戻ってきてくださいね!」
3人は凛世の問いかけに頷くと、外へ出たのだった。
温「真凛姉さん・・・これからどうするわけ?」
真「春南を除く姉妹全員を呼んで家族会議を開きます。場所は・・・私たちの育った家です!」

その頃、騎ノ風市の郊外では、建設が進むビルの前に20代ぐらいの女性がいた。
?「だいぶ騎ノ風支社のビルが出来てきたわね。」
?「春南社長・・・こんな未開拓の地にビルを建てて良かったのですか?」
春「ええ。将来は私が市長になって、この周辺が騎ノ風の中心地になるのだから。今の市街地は埋め立ててマンションにでもしてしまえばいいわ。それに・・・ここに進出したのは私の馬鹿な夢ばかり見ている妹たちを潰す為でもあるんだから。」
?「妹さんたちですか・・・ですが、色々な世界で活躍している有名人ですよね?」
春「そう。あの子たちは貴族の私と比べて劣等種の血を引いているくせに芸術で夢ばかり見ている情けない子たちなの。だから教えてあげるのよ。現実って奴をね・・・」
春南は怪しい笑みを浮かべながらそう言ったのだった・・・