咲彩のいいところ探し

ある晩のこと。神宿咲彩は悩んでいた。
「私のいいところって何だろう・・・」
悩みは自分の良いところである。このような考えは見た目に反して真面目な性格である咲彩にはよくあることなのである。
「ちょっと電話して誰かに聞いてみようかな。そうだなぁ・・・りんちゃんにしようっと!」
咲彩は防水カバーに入れたスマホで凛世の番号を表示すると電話をかけた。電話はすぐにつながった。
「はい、夜光です。神宿さんこんな遅くに御用時ですか?」
「りんちゃん急に電話してごめんね。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「何ですか?」
「りんちゃんから見てなんだけど、私のいい所ってどこだと思う?」
「・・・神宿さんのいい所ですか。そうですね、真面目で面倒見が良い所ではないでしょうか?私も神宿さんのそういった面に助けられたことは多いですよ?」
「それは何度か言われたことあるんだよ。それ以外で探しているんだ。」
「そうなんですか・・・でしたら私に明日一日付き合ってください。一緒に神宿さんのいいところ探ししましょうか?」
「いいの?」
「はい。神宿さんがいつも皆の悩みに寄り添ってくれたりしているのを私も感じています。なのですから神宿さんに悩みがあるのであれば解決を私にも手伝わせてください。明日の授業が終わったら駅前に来てください。そこからは私がエスコートしますから。」
「ありがとう、そう言ってくれると心強いよ、りんちゃん・・・」
「あの・・・随分と声が反響して聞こえるのですが、今神宿さんお風呂入ってます?」
「うん。日課だからね。」
「あまり長風呂をしすぎないように気をつけてくださいね。風邪をひいたりすることもあるのですから。」
「わかってるよ、もう出るつもりだったから・・・それじゃあ明日よろしくね。」
咲彩はそう言って電話を切った。
「りんちゃんに長風呂を注意されちゃった・・・もう少し気を付けないとなぁ・・・」
咲彩は電話を切った直後に風呂を出ると、髪と体を乾かして眠りについたのだった。

次の日。学校での授業を終えた咲彩は凛世に指定された場所に来ていた。場所は駅前のショッピングモールの前だ。
「りんちゃんが言うにはここで待っててって言われたけど・・・」
咲彩はスマホの画面を見ながら待っていると10分ほどして凛世がやってきた。
「神宿さんすいません・・・授業が長引いてしまいまして・・・」
「気にしなくていいよ。私も今来たところだから。」
「早速神宿さんのいいところ見つけちゃいました。」
「えっ、それってどこ?」
「数分の遅刻を怒ったりしないところです。」
「私だって時間管理してても小さい理由で遅れることあるもん。お互いに嫌な気持ちは持ちたくないからね。」
「神宿さんお優しいですね・・・」
「りんちゃんは近くに時間に厳しい人がいるの?」
「ええ、昔は愛麗が数分遅れただけで怒っていたので・・・よっぽどのことがない限りは約束の時間の15分前には来ているんですよ。最近はあまりそういうこともなくなったんですけどね。」
「らっちゃんも遅刻の理由を考えるようになったってことなのかな。」
「おそらくそうだと考えてます。では、買い物に行きましょうか。」

2人は最初に向かったのは凛世が希望した楽器店だった。
「りんちゃんはよくここで楽器を買っているんだよね?」
「はい。メンテナンスでもお世話になっています。」
「私楽器とか芸術は全くダメなんだよね・・・」
「それは意外でした。神宿さんは成績も優秀ですし、何でもできるイメージがありましたので・・・」
「私にだって苦手なものぐらいあるよ。本当に完璧な子なんていないって思うよ。」
「ですよね・・・ごめんなさい。」
「別にいいよ。それよりもりんちゃんは今日はどんな楽器を探しているの?」
「楽器は一式家にそろってますので自分でできるメンテナンス用の機材を購入しようと思いまして。」
凛世はそう言うと、メンテナンス用の道具を特に見もせずに手に取ると次々とかごに入れていく。
「そんなに適当に決めちゃっていいの?」
「こういう道具は長年使っているのでどれを買うかは決まってるんですよ。」
「そうなんだ・・・りんちゃんのその判断力もはやプロだね。」
「神宿さんも好きなものには詳しいのでは?」
「私はそうだね・・・入浴剤だったら自分の好きな香りをすぐに見つけられるかな。」
「お風呂お好きですものね。そういえば、新しい入浴剤のお店がこの近くの店舗にオープンしたという話を聞いたのですが行ってみますか?」
「いいの?私もそのお店気になってたんだ。」
「もちろんです。今回は機材の購入だけで楽器店での私の用事は終わりなので行きましょうか。」
「ありがとうりんちゃん。楽しみだなぁ・・・」

入浴剤専門店は楽器店からそう遠く離れてはいなかったので5分程度歩いてたどり着いた。中に入ると入浴剤の強い香りが2人の鼻に刺激を与える。
「神宿さんこの強い香りは何の香りでしょうか・・・」
「こっちはバラの香りでこっちはソープ・・・石鹸の香りだね。」
「このお店全体的に香り強すぎませんかね・・・」
「そんなことないよ。私はこういう刺激の強いものが好きなんだ。記念にどれか買って帰ろうかな。」
咲彩は強い香りに抵抗を示す凛世を尻目に興味のある入浴剤を選びに行く。
「これがいいかなぁ・・・あ、でもこっちもいいかも・・・これははるちゃんに買って行ってあげようかな?」
咲彩は夢中で入浴剤を次々と手に取る。その姿はいつもの落ち着いた咲彩と比べるとまるで子供の用だ。凛世はそんな咲彩の姿を見て口を開く。
「神宿さんのいいところまた見つけました。」
「え、それってどこ?」
「好きなものに情熱を持って突き進んでいくところです。」
「そうかな・・・誰しも興味があることになら全力で取り組むんじゃないかな?」
「いえ、現代の方は情熱を持って取り組めることが見つからないという場合も多いですからね。若くして好きなことを見つけられた私たちはある意味幸せなのかもしれませんよ。」
「それもそうだね。」
「神宿さん、よろしければ私にも入浴剤を選んでいただけませんか?」
「いいよ。りんちゃんの好きな色って何色?」
「すでにご存じだと思いますが黒です。」
「黒かぁ・・・りんちゃんの髪の毛サラサラできれいな黒色だもんね。それならこれなんかどうかな?黒色なんだけどバラの香りがするんだよ。」
咲彩が手に取った入浴剤は黒い色をしていてバラの香りがするものだった。
「色からは想像できないほど素敵な香りですね・・・」
「気に入ったみたいだね。それりんちゃんに買ってあげる。」
「いいんですか?ありがとうございます。神宿さんは太っ腹なところもいいところだと思いますよ。」
「太っ腹って言われてもあまりうれしくはないけど・・・ありがとう。」
咲彩は自分の買う入浴剤の中に凛世へのプレゼントである黒いバラの入浴剤を追加すると自分用に買った入浴剤と一緒に支払いをして黒い入浴剤だけを凛世に渡す。
「はい。よかったらお風呂で使ってみてね。」
「ありがとうございます。楽しみにしますね。」
「りんちゃんが少しでも入浴剤の魅力を知ってくれれば私は嬉しいよ。入浴剤の買い物も済んだし、次はどこへ行こうか?」
「神宿さんが決めていいですよ。今日は貴方のいいところを探すための買い物なんですから。」
「それなら、私の行きつけブランドのお洋服売ってるお店に行ってもいいかな?」

咲彩の行きつけの服屋は革ジャンやライダースジャケット、レザー系のアイテムなどロックで硬派な感じの服を取りそろえた店だった。
「随分と硬派なお店なんですね。」
「私の家お堅い方だから、反発する感じでロック系のファッションが好きになっちゃって・・・バイクを運転しているのもカッコよくて好きだからなんだ。」
「神社の子供も大変なんですね・・・私もこの見た目で中性的なお洋服のほうが好きなのでわかります。」
「りんちゃんもいろいろあるんだね・・・だけど私たち私服学校通ってるんだから自分の好きなもの着ようよ。周りの意見なんて気にしないでさ。」
「はい・・・そうですね。」
「今日買うのはこれとこれとこれと・・・」
咲彩は自分の買う予定だった服を次々にかごに詰めていく。
「入浴剤店でも思いましたけど、思い切りがいいんですね。」
「うん。ここでしか買えないものも多いから・・・それに今買わなかったら二度と買えなくなるかもしれないからね・・・あっ、これ!」
咲彩は商品がハンガーにかけられた場所の一角にあった紫色のスタジャンを手に取った。
「どうかしたんですか?」
「あっ、つい・・・らっちゃんに似合いそうな色合いでデザインだなって思って・・・」
「愛麗は紫好きですからね。普段はパーカーやカーディガンばかり着てますけど、スタジャンも似合いそうですよね。」
「らっちゃんがこれ着たの見てみたくなっちゃったな・・・買って行ってあげようか。」
「お値段は・・・4500円ですか。これぐらいなら私たちで出せそうですね。」
「うん。らっちゃんきっと喜ぶよ!」
「神宿さんのいいところまた見つけちゃいましたよ。」
「えっ、どこ?」
「今日一緒にいない方のためにサプライズプレゼントを思いつくところです。」
「たまたまだよ・・・」
咲彩と凛世は半分ずつ出して紫のスタジャンを購入したのだった。外に出ると空はすっかり暗くなっていた。
「もうこんな時間かぁ・・・今日はありがとうりんちゃん。」
「いえ、私も神宿さんのいいところや意外な一面を見つけるのが楽しかったのでまたよろしくお願いいたします。」
「それとさ・・・今からこれらっちゃんに渡しにいかない?」
「今から行くんですか?」
「うん。サプライズプレゼントだよ。早く行こう!」
「待ってください、そんなに急がなくても愛麗は逃げませんってば。」
咲彩と凛世は買ったばかりのスタジャンを渡すべく愛麗の家に向かった。

愛麗の家であるマンションには数十分ほどでたどり着いた。
「はーい・・・あれ、咲彩と凛世じゃん。何か用?」
「らっちゃん、これ受け取ってくれないかな?」
咲彩はスタジャンを包んだ袋を愛麗に渡しながらそう言った。
「随分と急なプレゼントだこと。誕生日でもないのに受け取れないわよ・・・」
「愛麗、私と神宿さんで選んだものなのです。受け取ってくれなかったら悲しいです・・・」
「凛世がそこまで言うなら・・・」
愛麗は遠慮がちに袋を受け取ると開封した。
「これ・・・スタジャン?色も好みだしかっこいいかも。今度着てみるわね。」
「愛麗が気に入ってくれてよかったです。」
「ねえらっちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「何?」
「私のいいところってどこだと思う?」
「咲彩のいいところ?そんなのたくさんあるわよ。」
「それって・・・どこ?」
「あたしよりもリーダー向いてるし、美人で大人っぽいし、頭もいいんだから・・・そんなに謙虚にならなくてもいいはずよ?」
「らっちゃん・・・ありがとう大好きだよ!」
「ちょ、級に抱き着かないでよ・・・」
「神宿さん愛麗は私の・・・もう、それは今日だけですからね。」
「ありがとうりんちゃん!」
「(神宿さんはいいところいっぱいありますよ。面倒見がよくて好きなことにまっすぐで真面目で気配りもできる。だから気難しい愛麗や周りの皆様からも信頼されているんです。)」
愛麗に抱き着く咲彩を見ながら凛世はそう思ったのだった。