苺瑠とアイドルオーディション

立屋敷苺瑠はその日とあるオーディション会場にいた。
「(なんで我がこんなところに・・・確かに我はネットアイドルだよ・・・だけどこのオーディションにここまで勝ち残るなんて想像もしてなかった・・・)」
苺瑠がなぜこのようなオーディションを受けているのか。その理由は1か月前に遡る・・・

ひと月前のこと。苺瑠は水晶学園の連絡掲示板に貼ってあった一枚のチラシを目にした。
「なんだこれは・・・アイドル声優募集中だと?ま、すでに配信者としてそこそこの地位を確保している我には関係ないのだ。」
夢源学園には芸能方面を志す生徒も在籍している。そういった生徒のために教員たちが積極的にオーディションのお知らせを集めて掲示しており、今回苺瑠の目に留まったのは主に声優志望の生徒に向けたものであった。
「そんなこと言わず出てみればいい・・・」
そういったのは苺瑠と授業の関係で行動を共にしていたエレナだった。
「何言ってるのレナ君。出るわけないだろ・・・自分のアピールは配信で十分やっているのだ。」
「苺瑠ちゃんはその話し方で声高い。着ている服もゴスロリにフード付きの服で見た目にインパクトもあると思う。私も協力する。」
「服は関係ないだろうレナ君・・・だが、君がそんなに言うなら出てみるか。あくまで本気ではないぞ、我がネット配信者としてどこまでやれるかを調べるだけなのだ。」
「任せて・・・(アイドルのリアルプロデュース・・・楽しみ♪)」
のちに分かったことだが、エレナは最近アイドルや声優の女子キャラ育成ゲームにはまってやりこんでいたため実際にプロデュースをやってみたくなったという理由だけで苺瑠をオーディションに推薦したという気持ちがあったのだとか。

その日から特訓が始まった。最初はボイストレーニング。エレナがピアノを演奏しつつ、発声練習を促す。
「レナ君、今のはどうなのだ?」
「うーん・・・あまり声が出てない・・・もっと腹部から声を出すことを意識してもう一回。」
「分かったのだ・・・あ、い、う・・・」
続いて定番の走り込み。
「おい・・・走り込みなんて運動部じゃないんだぞ。」
「体力も必要。だからある程度は走った方がいいと思う。」
「あー・・・なんか余計にやる気が落ちてきたのだ・・・」
苺瑠はパワーこそあれど総合的にはすぐ終わるような短期決戦向きなので、体力に自信があるタイプではない。なのでただ走ることが大嫌いなのである。
それでもトレーニングを続けて一週間ほど過ぎた頃。ついにオーディションが始まろうとしていた。

1次審査は書類選考。苺瑠は必死に志望動機を考えていた。自分が望んで受けたものではないので志望動機すら悩んでしまっているのである。
「うーむ・・・志望理由なんて思いつかんぞ。」
「声優になるのが夢だったって書けばいいんじゃないかな?」
「ありきたりな気はするが・・・まあそれでいいのだ。次は特技か・・・」
「怪力って書くのがいい。」
「えっ・・・それ書くのか、アイドル声優のオーディションなのだぞ?」
「大事なのはインパクト。怪力系アイドルなんてなかなかいないから面白い・・・」
「分かったのだ・・・そう書くよ。」
苺瑠は募集ページの応募フォームに一通り記入を終えるとネットを通じて事務所に送信した。
「これで本当に大丈夫なのだろうか。」
「怪力系っていうインパクトはあるから問題ないはず・・・」
その日から3日後、苺瑠に郵送で結果が届いた。結果は合格だった。
「・・・我はいいんだろうかこのままオーディションを続けても・・・」
苺瑠の心に真面目にアイドル声優を志望している人やこの1次審査で落ちてしまった相手に対して申し訳なさの気持ちが生まれ始めていた。

2次審査はキャラの特定のセリフを実際に演じて音声を録音して送るというものだった。
「主人公君・・・私、私ね・・・あなたのことが好き・・・こんな台詞言いたくないのだぁ!」
「言わないとないとだめ。」
「恥ずかしいから嫌だ!もうオーディションなんかやめたっていいのだぁ・・・」
「ここであきらめるなんてプロデューサーの私が認めない。それよりも恥ずかしいのか・・・それなら、自分がしゃべっていない、別の人がしゃべっているセリフだと思って言ってみたら?」
「・・・やってみるのだ・・・よし、『主人公君、私、私ね・・・あなたのことがずっと好きだったの!』」
苺瑠は自分がしゃべっているという感覚を捨てて台詞を呼んだ。すると、自然とキャラの声が出て、上手く声が出せた。
「今のすごくいい・・・今の調子で他のセリフも取って送ろう・・・」
「おう・・・分かったのだ。」
その後、苺瑠は自分がしゃべっているという感覚を捨てたことでなんなく3種類のセリフを取り終え、録音したデータを審査員宛てに送った。そして数日後には結果が届いた。その結果は合格。
「おお、また受かってるのだ・・・だけどこのやりきれない気持ちは何なのだろうか・・・」
しかし、やりきれない気持ちはさらに大きくなっていた。

最終審査は面接。審査員と実際に面談をしこのオーディションを受けた理由や想いなどを伝える。審査員から選ばれたら、ここで合格が決まる。会場は騎ノ風市内のとあるホール。
「緊張するな・・・」
「名プロデューサーの私が付いてるから問題ない。全力を出し切って。」
ホールの待合室で同行者のエレナと共に面接の順番を待つ苺瑠は緊張ながら呼ばれるその時を待っていた。
「ああ、心強いよ。だが、本当にいいんだろうか・・・?」
「何が?」
「我が受かることで、本気でアイドルや声優を目指している子たちの妨害をしてしまうことになるのではないかと思うのだが・・・我と違って本気でなりたくて目指している子はこのオーディションにもたくさんいるのではないのだろうか・・・」
「そんなこと考えてたんだ・・・だけど、引け目を感じる必要はない。そもそも本気じゃない苺瑠ちゃんに負けて折れたり憎んだりするなんて所詮小物だろうし・・・ならそれぐらいのことだったってことなんじゃないの・・・」
「そこまで言わなくても・・・」
「事実だよ・・・それで落ちたらまた次のオーディションに向かうぐらいじゃないとなれない。だから苺瑠ちゃんは全力で立ち向かえばそれでいい・・・それに・・・」
「それに・・・なんなのだ?」
「苺瑠ちゃんだってこのオーディションに参加したおかげで配信者としていずれ役に立つことが生まれるかもしれないでしょ。多少広げることは大切だと思う・・・」
「似たような機械の専門書ばかり読んでる君に言われてもなぁ・・・とはいえ、言っていることは的を得ていると思うぞさすがレナ君だな。
『オーディション番号3番の方、大ホールの面談室までお越しください。』
「3番・・・我だな。呼び出されたしそろそろ行ってくるのだ。ここまで来たんだから審査員特別賞ぐらいは取ってくるぞ。」
「頑張って・・・」
苺瑠はエレナに見送られ、面接会場に向かった・・・

そして面接の日から数日後。苺瑠はあの後問題なく面接を面合格したのは結局別の女子が受かり、落選してしまったのだった。
「結局オーディション落ちちゃったんだ・・・」
「うーん、レナ君のアドバイス通りにやりつつ自分の強みをアピールしたつもりだったのだがなぁ。一応特別賞はもらえたしいいところまで行ったと思うのだがなぁ・・・特に特技披露は自信あったのだが。」
「何をやったの?」
「我の怪力で木材を折って鉄材を曲げたのだ。」
「それやったんだ・・・」
「後は情熱が足りなかったのがバレていたのかもしれないな。あの人たちは仮にもプロの審査員。我に本気の気持ちがないのを見通されていたんだろう。」
「それは考え過ぎのような気もする・・・」
「まあいいさ、これで罪悪感からも解放される。明日からはまた日本文化を学びながら配信をどんどんやっていくぞ!それと・・・」
「それと・・・何?」
「今後は我の得意なことや知っていることを教えるような配信もやっていこうと考えている。落語や古典文化を知らない人たちに素晴らしさを知ってもらったり、あとは力持ちの特技も少しだけ出していこうと考えている。我は今まで小柄な女子が力持ちであることは相手に嫌われる要素の一つなのではないかと考えていた。だが、今回のオーディションで怪力を嫌がる人たちばかりではないと分かったからな。」
「いいと思う・・・苺瑠ちゃんの知ってる知識は誰かの知らないことでもある。それを多くの視聴者と共有するのは素敵なことだよ・・・」
「これもレナ君が無理矢理にでもこのオーディションに応募してくれたおかげなのだ。また何かあったら頼むよ敏腕プロデューサー。」
「うん・・・任せて・・・(ここまでくると絶対に言えないなぁ・・・ただ私がやってるアイドル育成ゲームが切欠で実際にプロデュースをしてみたくなったなんて理由・・・)」
自分を敏腕プロデューサーと言ってくれた苺瑠の満面な笑顔を見てエレナはそんな複雑な感情を胸に抱くのだった。