1組の進路希望調査

ある日の職員室。そこでは鮫川先生が14枚の用紙を眺めながら悩んでいた。
鮫「なぜうちのクラスにはまともな進路を書くやつがいないんだ・・・」
鮫川先生が見ていたのは1組メンバーの進路希望調査の用紙である。水晶学園では1年ごとに生徒の進路希望を用紙に書いてもらって集めるのである。
鮫「咲彩と和琴と環輝はまだいいとしても他の連中ときたら・・・」
1組メンバーの進路希望調査には、咲彩は神主、水萌は翻訳家、苺瑠は落語家、陽姫は天文学者、柚歌は画家、愛麗は作家、凛世は音楽家、環輝は研究者、嘉月は写真家、奈摘は漫画家、エレナは発明家、和琴はカウンセラー、ラニーは路上系パフォーマー、櫻子は絵本作家。
上記で挙げた3人はともかくほとんどが非現実的な物ばかりである。
鮫「はあ・・・私はどうすれば・・・」
鮫川先生は生徒たちが非現実的な夢をだしたから悩んでいるわけではない。どのようにしたら、彼女たちを夢に向かって導いてあげられるのかが分からないのである。
鮫川先生はこれでも某有名大学の数学科を首席で卒業した実力の持ち主である。彼には昔教師ではなく別の夢があったのだが、その夢がかなわずにもう一つの現実的な夢であった教師の道を選んだのである。そのこともあって非現実的な夢一本に絞って進もうとする彼女たちを心配しているのだ。
鮫「今からでも遅くない。愛麗たちに現実的な目標も持つように説得しないとな。」
しかし、鮫川先生は説得が大の苦手であった。それに加え現実的な夢を持つということを生徒に説くのはこの学校の特殊な教育方針の一つである生徒が自信を持って目標を達成できるよう、選択授業を行って知識をより深めるに逆らうのと同じでもあった・・・

次の日、鮫川先生は愛麗と凛世を見つけたので声をかけた。
鮫「愛麗、凛世。少しいいか?」
麗「どしたの?」
凛「はい、なんでしょうか?」
鮫「この前の進路希望調査の件なんだが、あれは本気か?」
麗「当然に決まってるでしょ。」
凛「はい、私も全く持って偽りのない本当のことを記述しました。」
鮫「2人とも・・・ちょっと現実的な夢の方も考えてみないか?作家や音楽家はとても素晴らしい職業だ。だが、成功者は限られている。だから・・・」
麗「なんで?」
鮫「え?」
麗「なんでそんなこと言うの?鮫川先生なら信用できるからほんとのこと書いたのに・・・」
凛「私も同感です。夢のために愛麗は文系、私は音楽関係の授業を選択授業で多く取っています。特に愛麗はここ最近の国語の成績が凄く伸びたんですよ。元々高レベルではありましたけどね。」
鮫「当然2人が優秀な生徒であることは理解している。だから心配で・・・」
麗「それに現実的な夢って会社に入ることでしょ。あたし男嫌いだし絶対無理だから。」
鮫「そんなこと言ってたらまともに生きていけない・・・あっ、しまった。」
麗「もういい!行こう凛世・・・信じてたのに、教師なんてそんなもんか・・・」
凛「分かりました愛麗。あなたも所詮同じ穴の教師でしたか・・・最低ですね。」
2人が放った言葉はいつもよりもはるかに冷たく、心に突き刺さる。
鮫「私は2人のことが心配なだけなのに・・・」

鮫川先生は次はラニーに出会った。
鮫「ラニー、少しいいかな?」
ア「ハイ、どうしましたデスか?」
鮫「この前の進路希望調査のことなんだが、路上系パフォーマーって少し非現実的すぎないか?」
ア「・・・ハイ?」
鮫「だから、もう少し現実的な進路を考えてみないか?」
ア「ゲンジツテキ・・・ってなんデス?」
鮫「会社に入社するとか、公務員を目指すとか・・・」
ア「嫌デス!ワタシは日本に残りたいんデス!そのような仕事だと日本語があまり得意じゃないワタシは周囲から冷ややかな目で見られることはすでに分かりきっているデス。だから、ワタシの得意な身体能力系を生かしたものを考えてこのように書いたのに・・・」
鮫「ラニー、パフォーマーの世界は簡単に生きていけるわけじゃないんだ。だからこそ失敗した時のための・・・」
ア「だからワタシは日々ジムやダンス教室に通って基礎体力作りをしていマスが・・・はぁ、もういいデス、今の先生と話していても得られるものは何もなさそうデスし、これで失礼しマス・・・先生にはそれでもできるところまでやってみろとか言ってほしかったデス・・・」
鮫「ラニー・・・」
ラニーは肩を落として去って行った。

鮫川先生は次に苺瑠と柚歌にあった。
鮫「2人とも少しいいか?」
柚「急にどうしたんですか?」
姫「先生疲れた顔しているのだ・・・保健室で休んだ方がいいのではないか?」
鮫「いや、大丈夫だ気にするな。それより、君たちの進路希望なんだが・・・」
柚「何か不備がありましたか?」
鮫「2人は画家と落語家と書いているが、本気なのか?」
柚「ええ。もちろんです。ボクは嘘なんか書きませんよ。」
姫「我もだな。会社に入ることは全く考えていない。」
鮫「もしこの夢が失敗したら2人はどうするんだ?そう言った場合のことも考えているのか?」
柚「そう言った場合?・・・つまり、失敗した時の可能性も考えろと言うことなのかな?」
姫「柚歌君は絵画のコンテストで何度も優秀賞をもらっているんだぞ?それにこの歳で個展までやった経験があるのだ。実力は相当なものだと思うが?」
鮫「だが、それでも私は成功せずに悪い道へ転がってしまった君たちのことが心配で・・・」
姫「この学校は普通の道を考えずやりたいことに突き進むために作られた学校なんだろう?急にどうしたのだ先生・・・今のあなたはとてもおかしいのだ!」
柚「もういいよ。苺瑠ちゃん行こう・・・今の先生は信用できる人間じゃないと思う。」
姫「それもそうだな・・・」
鮫「2人ともまだ話は終わってない・・・行っちゃったか・・・」
柚歌と苺瑠はそそくさと鮫川先生の元から去って行った。

鮫川先生はその後も1組の生徒たちに会っては、普通の道も考えることを説くが、大半の子が怒って去って行ってしまった。
仕方なく職員室に戻ろうとすると書類を運んでいる咲彩と出会った。
咲「あ、鮫川先生。いつもお疲れ様です。」
鮫「咲彩じゃないか。学校の手伝いをしてもらってすまないね。」
咲「いえ、私が好きでやっていることですから。」
鮫「いやいや、その咲彩の気持ちに私たちも助けられているからね。それより・・・咲彩は進路希望神主って書いてあるけど、実家の石原神社を継ぐのかい?」
咲「いえ・・・今はまだ真剣には考えられないんです。」
鮫「そうなのか、歴史ある名家に生まれると大変だな・・・私もだが。」
咲「鮫川先生の実家も資産家だったりするんですか?」
鮫「いや、私の父がある研究所の所長でね・・・将来は研究職の方に行かなければならないのかもしれないんだ。」
咲「そうなんですか・・・色々大変ですね。」
鮫「まあ遠い未来の話だし、今は特に転職は考えていないよ。話を戻すけど咲彩は他の連中と違って真面目だよな・・・」
咲「そうですか?」
鮫「今進路希望の確認をしていたんだけど、咲彩以外はみんな非現実的な夢を見ててね。作家とか画家とか音楽家とか詩人とか・・・そういった成功者が少ない道へ進みたいと書いていてな・・・だから、セーフティネットとして普通の道も考えておけ、って全員に言って回ってたんだが怒らせちゃって・・・」
咲「らっちゃんたちに怒ったりしたんですか?」
鮫「まあ私自身は怒るほどのことはしなかったけど、会社にも入れないようじゃ生きていけないってみんなに言ってしまったんだ・・・」
咲「そうなんですか、らっちゃんたちのことだから怒っても不思議じゃないです・・・少し思い出話をしますね。」
咲彩はそう言うと昔の話をし始める。
咲「私も含めてなんですけど、昔私たちはに通っていたんです。水晶学園とは違って生徒の進学率を高めることしか考えていない学校でした。元々考えが普通でなかった私たちは光王学園の教員と自称普通でまともだと謳っていた人間達に苦しめられたんです。それから私たちは必ず水晶学園の高等部に行って、好きな選択授業を受けて夢を目指そうって決めたんです・・・」
鮫「そんな辛いことがあったんだな・・・」
咲「はい。鮫川先生は私が出会ってきた教員の中ではとても優秀で生徒の気持ちを理解できる人だと思ってます。だから・・・明日私がフォローしますので、らっちゃんたちに謝ってください。」
鮫「ありがとう咲彩・・・許してもらえないかもしれないが、明日クラスの皆に謝罪することにする。これから職員室に帰って明日のことや皆の進路をもう一度見直して考えてみることにするよ。咲彩も暗くならないうちに帰るんだぞ。」
咲「はい。鮫川先生の力になれてよかったです。」
鮫川先生は咲彩と別れ、職員室の方に向かって歩き出す。そんな鮫川先生の背中を見つめながら咲彩はこんなことを思っていた。
咲「(私もその時に本当のこと言おう・・・)」

職員室に戻った鮫川先生は全員の進路希望を見直して考えてみた。
鮫「咲彩たちのおかげで色々わかったが、それでも私は愛麗たちのことが心配なんだよな・・・」
そんな鮫川先生に声をかける人がいた。今日も他校で公演を終えて戻ってきた学園主任の蒲郡泰造先生である。
蒲「こんなに遅くまでどうしたんですか?」
鮫「あ、蒲郡先生。今日も公演お疲れ様です。ちょっと悩んでいて・・・」
蒲「僕でよければ力になりますよ?学年主任として。」
鮫「ありがとうございます。これを見てもらえますか?」
蒲「1組の子たちの進路希望調査ですか。どれどれ・・・」
蒲郡先生は鮫川先生から受け取った進路希望調査に目を通す。
蒲「1組の子たちはアーティストや実業家志望の子が多いんですね・・・さすがだ。」
鮫「私はだからこそあの子たちが失敗した時のことが心配なのですが・・・」
蒲「鮫川先生、今のあなたには生徒を信じるという事ができていませんね。それに自分の考えを生徒たちに押し付けてしまっています。僕の意見ですが正直今の鮫川先生は1組を救いたいと思っていた頃と同じ人だと思えません。」
鮫「あの頃・・・そうだ、私は何をやっているんだ。この学校は夢に向かう生徒たちを応援するために設立されたのにこんなんじゃ、前任の山島先生と大して変わらないじゃないか、愛麗たちに怒られて当然だ・・・」
蒲「僕は1組の子たちなら全員大物になると思いますけどね。あの子たちの才能を見くびってはいけません。それに鮫川先生は今、自分の間違いに気づいたではないですか。それだけで十分だと僕は思います。」
鮫「そうですね・・・私、明日あいつらに謝罪しようと思います。」
蒲「それがいいですね。それに今ならまだやり直せますよ。」
鮫「はい。(だが結構きつく言ってしまったから許してもらえるか不安だ・・・)」

次の日、鮫川先生はいつものように1組の教室に入る。昨日のこともあり生徒たちはいつもと違って冷ややかな目線を送る。それによって当然ながら1組の教室には重い空気が張り巡らされた。
麗「・・・・・」
姫「・・・・・」
鮫「(やっぱりみんな怒ってるよなぁ・・・特に愛麗と苺瑠はすごい怒りようだ・・・)」
しばらく沈黙状態が続く。覚悟を決めた鮫川先生が口を開こうとしたその時助け舟を出すと言ってくれた咲彩が先に口を開いた。
咲「・・・みんなもう怒るのやめようよ。鮫川先生だって私たちのことを思ってアドバイスをくれたのよ。」
口を開いたのは咲彩だった。比較的まともな進路を書いててなおかつ鮫川先生の本心を聞いていたので、昨日言った通り助け舟を出してくれたようだ。
麗「そうだけどそんなこと言われたって・・・」
姫「なんでかばうのだよ?」
咲「らっちゃんにいっちゃん、それにみんなもよく聞いて。私だって現実を見ろとか言う決まり文句は嫌いなの。だけど鮫川先生を始めとするこの学校の先生は光王学園の人たちとは違う・・・だから私も本当の気持ち言うことにする。」
咲彩は立ち上がると鮫川先生の方を向いた。
咲「私、進路希望調査に嘘書いていました。私本当は神主じじゃなくて占いの勉強をして占い師になりたいんです・・・」
鮫「咲彩・・・そうなのか?」
咲「はい、黙っていてすいませんでした・・・」
鮫「いや、本当のことを言ってくれて嬉しいよ。咲彩は占い好きだもんな。私はその夢を応援するよ。」
咲「ありがとうございます!」
鮫「愛麗と苺瑠にラニー、それに他の皆も・・・すまなかった。私は君たちに現実的な目標を持てなどと言って大事な夢や生きる目的を潰すところだった。」
麗「もういいわよ。あたしたちもこんな小さいことで怒って馬鹿みたいだし。」
柚「先生は焦ってただけなんだよね。ボクたちの進路が成功が難しい物だから。」
ア「そうデス。ワタシも自分がセンセイの立場に立ったことを考えてみたら、同じことを言ってしまったかもしれないデス。」
凛「ですけど、もうあんな言い方しないでくださいね。」
鮫「はは・・・分かってるよ。それにしても私ももう少し行き過ぎていたら前任の山島先生と同じ道を歩んでいたって事だ。咲彩。私の目を覚ましてくれてありがとう。」
咲「いえ、特に私は何もしていませんよ。」
鮫「そうか・・・最後に、私は今後は皆の夢を応援していこうと思う。それが水晶学園という出る杭を打たずに生徒の個性を尊重する学校の在り方だと思うからな。それじゃ少し時間が押しているがが朝のHRを始めるぞ。」
鮫川先生の一声で経も学園の一日は始まっていくのだった。